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サンタは本当は悪魔?クリスマスの起源 [伝統・習慣]

クリスマスが近づき、町はイルミネーションで飾られ、企業の年末の商戦も今年は少し活気があるようにも感じますが、私たち日本人にはほとんど関係がないにもかかわらず祝われているクリスマスの起源について書いておきます。


クリスマスは古くからイエス・キリストの誕生を祝うキリスト教徒の祭りととらえられており、今もそう信じて祝っている人々もいますが、ネットで調べると実はそうではないという日本語のページも多くなりましたね。


そう、実はキリスト教徒は本来関係のない祭りのようです。もっともキリスト教がヨーロッパに広まってからはキリスト教に取り入れられて今日に至っていますから千数百年の関わりを持っているのでキリスト教の祭りといえなくもないですが、少なくともイエスの誕生日ではなく、サンタクロースやトナカイは原始キリスト教には関係のないもののようです。


考えてみるとイエスはユダヤ人で中東の人ですからキリスト教は中東発祥の宗教ですが、サンタクロースやトナカイは北欧ですよね。明らかにもともと接点はありませんよね。


また、聖書にはイエスの生まれた日付は記されていないということから12月25日という日付は後付けであるということのようです。イエスの生まれた日付ははっきり分かりませんが、もっと温かい10月くらいだったということのようですね。



ではクリスマスの起源は何なのでしょうか?


大雑把にいえばキリスト教がローマが国教として認めローマ帝国内に広まる過程でヨーロッパのもともとあった宗教や、伝統と融合した結果、キリスト教としてのクリスマスの祭りが出来上がったということのようです。4世紀ごろにはヨーロッパのクリスチャンはクリスマスを祝うようになっていたようですが、それ以前の特に1世紀のイエスの直属の弟子たちがクリスマスを祝ったという証拠はありません。少なくとも新約聖書にはありません。

もともと、キリスト教伝来以前にゲルマン人、ケルト人が盛大に祝っていた冬至の祭が起源で、これと結びついたんじゃないか、とか言われています。また、異教のヒイラギ、ヤドリギ、ユール(ゲルマンの祭り)の丸太、祝い酒の大杯などの慣習を、取り入れていったようです。 ローマ帝国はキリスト教を国教とし、帝国内の民衆の統制をはかりたかったようですが、既に定着していた土着の宗教文化とキリスト教を融合させる必要がありました。そのためには今まで行っていた祭りの日付や習慣はそのままにし、キリスト教の名目で行う必要があったのです。帝国の支配者はキリスト教という強力な影響力を政治利用でき、宗教指導者たちは帝国からの迫害が止み、今度は帝国からの支援を受けられる。民衆はたいした変化や努力もなくキリスト教に改宗できる。このように関係者の利害関係が一致し、キリスト教がヨーロッパに浸透し、土着宗教との融合が生じ、結果、純粋な原始キリスト教からの逸脱が生じたようです。


ブリタニカ百科事典によると教会指導者たちは冬の時期の征服されざる太陽の誕生日を祝うローマの祭りと同じ日にするために12月25日を選んだと述べられていますし、アメリカーナ百科事典にはそうすることで異教の改宗者にとってはキリスト教はいっそう意味深いものにすることができたと述べられています。


サンタクロースはもともとキリスト教以前の時代にその地方で語られていた伝説に基づいています。 ゲルマン人や北欧の神話には、主神ウォドンやオーディンなど、冬至の祭のときに贈り物を運んできてくれる神が存在していたといわれています。言い伝えによればそれらは、8本足の魔法の馬やトナカイが引くソリに乗って空を駆けます。特にオーディンは、家の扉がすべて閉めきられているときには、煙突から家に入り、贈り物を届けたといわれています。つまり、これはもうほとんどサンタクロースです。このようなキリスト教以前の土着の伝説や習慣がキリスト教改宗後も人々の中からぬぐい去られなかったということです。この伝説にキリスト教が結びつくのに大きな影響を与えたのが キリスト教の司教であり、聖人としてあがめられている奇蹟者聖ニコライ(ニコラウス)です。 彼はお金持ちで貧しい人たちにそのような富を喜んで分け与えたようです。 ある時にはそれを煙突から投げ入れたり、干してある靴下の中に入れておいたり したといわれています。上述の伝説の神のようですね。

「聖(セント)ニコラオス」という呼称がオランダ語にすると「シンタクラース」となり、サンタクロースとなったようですね。


ちなみにこの「Nicholas」ですが、原義はギリシャ語で「nike(ニケ=勝利)」+「laos(ラオス=人々)」となっています。スポーツメーカのナイキ『nike』もここからとられています。 またこの 「Nicholas」は悪い意味を帯びるようにもなり、悪魔を意味することも。

実際、サンタクロースは良い子にはプレゼントをくれる優しいおじいさんですが 悪い子にはお仕置きをします。


サンタクロースは悪魔の別名といういわれはこのような理由からでしょうか?


これがクリスマスのおおまかな起源です。日本人の私たちはあまり知られていませんが、 19世紀くらいまではキリスト教的でないという理由からクリスマスはアメリカでもイギリスでも 禁止されていたということも知っておくのは良いことです。歴史を通じてキリスト教の伝統 的行事として祝われてきたわけではないのです。


このように調べてみるとクリスマスをChrist(キリスト)の mass(ミサ)という意味の クリスマスとするのはいかがなものかとも思います。本来キリストとは関係のないものが このように人々の都合で取り入れられていったのです。


サンタクロースが本当はセントニコラオスだったなんていうのはたいした問題ではありません。 イエスだってもともとなんて呼ばれていたのかは分かりませんし、古典ギリシャ語の イエースースがイエスとなりましたが意味は変わっていません。


でも上述の異教の伝統や習慣がクリスマスとなるのは明らかに伝統や文化の 捏造です。発音や表現の問題にとどまりません。


このような根本的な問題はおかまいなしに、この日本においては全然意味を考えずに 異教徒たちがクリスマスを"愛を育む"機会,経済的な成功をおさめる機会としています。


まあ、それはそれで自由だとは思いますが、このような起源について考えてみるのも いいことかもしれませんね。















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ネット用語『w』が国語辞典に収録されるようになった理由。 [伝統・習慣]

ネット上で笑い声を表す表現として「w」が使われるようになりました。わたしも使ったことはありませんが、ネット上でよく見かけますので認識はしていました。


意味は嘲笑的に何かを述べた後につけるもので、〔俗〕〔インターネットで〕(あざ)笑うことをあらわす文字。

となっています。


『w』が辞典登録されたことでネット民は市民権をますます得たことになるかもしれません。というかネット民も立派な市民ですから当然なのですが。。。


ただ、やはりすべてのことに言えることですが、保守的な考えを持っている人がいて『w』を辞書登録することや多用することは喜ばしく思わないのも事実です。


わたしも辞書や辞典に登録されるのは良いとしても、それが多用されることや正式な文書でも用いられることには抵抗を感じますね。


辞書や辞典は意味のわからない言葉を調べるためのものですので、多くの人々が用いるようになった言葉がたとえ俗的であっても載せるのは相応しいことです。


ただ、辞典に登録されたからといって正式な言葉として認められたことを意味する訳ではありません。あくまで現時点では『インターネット上での(俗)』です。そこを勘違いしないようにしたいですね。


言葉というものは人間より前から存在していたわけではなく、人間がコミュニケーションを図るために発達させていったものなので、意思が正確に伝わるのであるなら、これまでの用い方に沿わないとしてもそれを間違いとするのは難しいものです。


実際、これまでにも外来語で明らかに本来の意味ではないものが正式な名前として採用されているものがあります。それが間違いだからという理由で正すなら多くの人たちの意思疎通に問題が生じるでしょう。 さらに、日本語であっても、もともと使われていた用法ではない間違いとされていたものが、大勢の人が用いることによって間違いとは見なされなくなるということもあります。日本語だけではなくどの言語にもみられる現象です。


ですから、言葉というのは意味を正しく伝えていない場合、訂正は必要ですが、大半の人が意味を理解できている場合、神経質に訂正する必要はないようにも思いますけどね。間違った敬語に関しても。。。敬意を込めているのであれば、敬語表現が繰り返されていてもいいじゃないですか!そんなにめくじらたてなくても!





同時に、言葉というのは間違いでも一般化すれば正しくなるんだからどんな言葉を使ってもいいと考えるべきでもないと思います。言葉は表現であり、文化でもあります。表現や文化はどのように扱われるかによって、進歩もすれば、退化もします。大衆の支持を得て市民権を得ても必ずしもそれは進歩とは言えないのです。大衆を誤導することもあり得ます。


何かを表現する際、『言葉』『映画』『音楽』など全てに言えることですが、人々に良い感化を与えているか、人々がその表現に倣っても大丈夫だろうか?と考えて表現してゆきたいですね。


今回の『w』に関しても同様です。わたしは現時点では使わないかな。今後、もっと『w』が一般的な認知を得て、わたし自身が『w』に気持ちを込められるようになったら用いるようになるかもしれません。


大衆に流されず、地に足をつけて歩んでゆきましょう。














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ハロウィーンの起源と意味 [伝統・習慣]


昨今日本でもハロウィーンが日本でも盛んに行われるようになっています。ハロウィーンという言葉や、魔女,お化け,カボチャ,かがり火,トリック・オア・トリート(いたずらかお菓子か)といったハロウィーンの表面的な特徴は日本においてもよく知られています。しかし,ハロウィーンの起源や意味についてはほとんど知らない方が多いかもしれません。


意味なんてわからなくても楽しければいいというような考え方もありますが、身につけるもの食するもの、祝う儀式や楽しむ娯楽すべてについて言えることですが、その起源と行っていることが何を意味しているのかをよく知っていることはとても重要です。先日楽天の田中投手が吠えたりガッツポーズを行うと言った激しいジェスチャーを行ったことで元メジャーリーガーのロペスがメジャーではそのような激しいジェスチャーは避けた方がいいと助言したようですが、すべてのことには意味があり、考えて行わないと間違った誤解や印象を周囲に与えてしまうよい例だと思います。



ではハロウィーンの起源と意味について


ハロウィーン(Halloween)は,「万聖節の前夜祭(All Hallows’ Eve)」とも呼ばれています。西洋の文化なのでキリスト教の儀式のようにとらえている人もいるかもしれませんが、キリスト教の用語のように聞こえるこの名称に,「聖(hallow)」とは言えない起源が隠されています。


ハロウィーンの起源は,キリスト教時代のずっと以前,古代ケルト人が大ブリテン島やアイルランドに住みついたころのものとみなされています。ケルト人は太陰暦を使い,1年を二つの季節―暗い冬の期間と明るい夏の期間―に分けていました。そして,11月1日ごろの満月に,「夏の終わり」を意味するサムハインを祝いました。ケルト人の新年の始まりを意味するこの祭りは,夏期の終わり,つまり収穫がすんで,牛や羊を放牧地から畜舎へ入れ終えたころに行なわれたようです。またケルト人は,日が短くなるころに,さまざまな儀式や犠牲によって太陽を活気づけなければならないと信じていましたようです。古い年が死んでゆく象徴としてすべての火が消されると共に,聖なるかがり火がともされて新しい年が始まりました。共同体のすべての人は,そのかがり火からの火で自分の家の炉床に新たに火を起こしたのです。こうしたかがり火は,今日の英国で行なわれるガイ・フォークス・ナイトやブラジルの6月の祭りなどに名残をとどめていますが,それは悪霊を追い払うためのものとも考えられていました。


また、サムハインの祭りの時には人間界と超自然界との間のベールが開き,善い霊も悪い霊も共に地をさまよう,と信じられていたようです。死者の魂は自分の家に戻ると考えられ,(日本のお盆のようです)家族はそれぞれ訪ねて来る亡霊のために食事や飲み物を調えてなだめ,あるいは災いを防ごうとしました。それで,ハロウィーンで子どもたちがお化けや魔女の格好をして家々をめぐり,ハロウィーンのお菓子をねだったり,いたずらをすると脅したりする時,それと知らずに古代のサムハインの儀式を伝承していることになります。





もちろん現在は宗教的な意味はないと述べることによって異教徒や異国の主観への敷居を低くしている風潮もありますが、宗教的な意味はないと言える根拠は曖昧なのではないかとも思います。


19世紀のじゃがいも飢きんの後,アイルランドからの移民が,ハロウィーンとそれに伴う種々の習慣をアメリカに持ってゆきました。そして,ここ何年かの間に,それがヨーロッパに戻ってきました。それで現在日本に入ってきているハロウィーンの習慣はアメリカで行われる他の娯楽行事ののように、宗教的意味合いを薄めて普及して行っているというのが現状です。主に企業が商業的な目的で利用しているものなのでしょう。



ただ、宗教的な意味合いが薄められているとはいえ本来の目的と起源が変わる訳ではありません。実際行っている日付や儀式は継承されたものである以上、ただ楽しいというだけで何でも受け入れるという態度は避けるべきなのではないかとも思います。実際、元々の祭りの特徴であった酔って騒いだり、はめを外したりする精神は受け継がれておりトラブルになることもあるようです。また商業的な目的で利用する企業もある訳ですからまんまとその術中にはまるともないでしょう。


色々な異文化が入り交じった社会で生活していくなかで、単に何でも意味や目的を考えずに許容するのではなく、互いの習慣をよく理解した上で尊重しつつも自分のポリシーも貫けるようでありたいですね。


まとめ

ハローウィンは古代ケルト人の習慣儀式である


その儀式には秋の収穫を祝い、悪霊を追い出し、死者の魂をなだめることが関係


キリスト教の背景のある国々で祝われているがキリスト教とは無関係であり否定的な意見もある


主に商業的な目的で普及している





最後まで呼んでくださってありがとうございました。






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